1980年代ヨーロッパ

映画「海辺のポーリーヌ」感想(後半ネタバレあり)エリック・ロメール監督作品

「海辺のポーリーヌ」はどんな映画?

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今回、ご紹介するのは「海辺のポーリーヌ」です。

この作品は1980年製作、フランスの作品で、監督はエリック・ロメールです。

この作品はエリック・ロメール監督が1980年代に撮った「喜劇と格言シリーズ」の3作目になります。


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目次

作品情報

監督エリック・ロメール
製作年1983年
製作国フランス
上映時間95分
キャストアマンダ・ラングレ(ポーリーヌ)
キャストアリエル・ドンバール(マリオン)
キャストパスカル・グレゴリー(ピエール)
キャストフエオドロール・アトキン(アンリ)

あらすじ

15歳のポーリーヌと、いとこのマリオンは、ノルマンディーの避暑地にバカンスを過ごしにやって来ます。

2人は、マリオンの友人のピエール、民族学者のアンリ、地元の少年シルヴァンといった男性たちと出会い、それぞれが自分の恋愛観を語りながら、恋愛模様を展開していくのですが、、、




エリック・ロメール監督

エリック・ロメール監督は1950年代に始まった映画運動「ヌーヴェル・ヴァーグ」を代表する映画監督です。

エリック・ロメール監督は、何本かの作品を連作として1つのシリーズとしているのが特徴でもあります。

1960年代から1970年代にかけて「六つの教訓話」シリーズと題して6つの作品を発表しました。

1980年代には、この「海辺のポーリーヌ」を含む6作を「喜劇と格言シリーズ」として、また、1990年代には「四季の物語」シリーズとして、春夏秋冬を描いた4作を発表しています。

「喜劇と格言シリーズ」

この作品を含む「喜劇と格言シリーズ」は、恋愛をテーマに描いた会話劇です。「喜劇と格言シリーズ」という事で、各作品の冒頭にはその作品についての「格言」が出てきます。その「格言」が作品のテーマになっているので、ストーリーにすんなりと入っていく事ができます。

飛行士の妻(1980)「人は必ず何かを考えてしまう」
美しき結婚(1981)「夢想にふけらない人がいようか、空想を描かない人がいようか。」
海辺のポーリーヌ(1983)「言葉多き者は災いの元」
満月の夜(1984)「二人の妻を持つ者は心をなくし、二つの家を持つ者は分別をなくす」
緑の光線(1985)「ああ、心という心の燃える時よ来い」
友だちの恋人(1987)「友だちの友だちは友だち」

キャスト

主演のポーリーヌを演じるのは、アマンダ・ラングレです。

エリック・ロメール監督作品である「夏物語」にも出演しています。

ポーリーヌのいとこであるマリオンを演じているのは、アリエル・ドンバールです。

美しき結婚」や「木と市長と文化会館/または七つの偶然」といったロメール作品にも出演しています。

アリエル・ドンバールは女優としてだけでなく、歌手としてや、脚本業や監督業でも活躍されており、マルチな才能の持ち主です。

マリオンの友人であるピエールはパスカル・グレゴリーが演じています。

パスカル・グレゴリーは、アリエル・ドンバールと同じく「美しき結婚」と「木と市長と文化会館/または七つの偶然」に出演しています。

また、彼はアリエル・ドンバール監督作品にも出演しており、アリエル・ドンバールと共演する機会が多い俳優さんです。

そして、アンリを演じたのが、フエオドール・アトキンです。

エリック・ロメール作品では、「美しき結婚」に出演しています。

彼は、フランスの作品に限らず、スペインやアメリカの作品にも出演しており、国際的な俳優さんです。

また、フランスでは、映画の吹き替えやアニメのキャラクターの声などを担当しており、声優としても有名です。



ウサコックのおいしさ(おもしろさ)指数

2ウサコックです。(最高4ウサコック)

恋愛観や年齢が違う6人の恋愛模様を描いた作品です。

登場人物の考え方に一長一短あって、結局どのキャラクターにも感情移入できなかったので、評価を下げました。

登場人物の恋愛観と、自身の恋愛観が同じであれば、より楽しめる作品だと思います。

この作品は携帯電話やスマホ、インターネットがない1980年代の作品でのお話です。

今では遠く離れていても、SNSなどでつながったり、お互いの関係を保つことが容易な時代ですが、1980年代は、遠距離になればなるほど連絡を取り合うことが難しい時代だなと感じました。

カプサ君の激辛(マニア度)指数

カプサ君の数が多いほどマニア向けの作品となっています。

3カプサ君です。(最高4カプサ君)

映画好き向け作品です。

恋愛映画ではありますが、観ていて胸がときめいたり、恋人同士のすれ違いでハラハラドキドキしたりなどはしない作品です。

年齢の違う男女の恋愛観の違いを見ながら、自分自身の恋愛観を確かめる、といった作品です。

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感想と考察(ネタバレあり)

ナツカレー
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1つお断りしておきますが、これからお話する感想はあくまで僕が感じた感想です。製作者の意図や文化人の批評とは違うことがあります。しかし、そこは皆さまの温かい善意によって読んでいただけたらと思っております。

その①

恋愛観の違い

この作品では、恋愛観の違う3人、アンリ、マリオン、ピエールの人間関係を描いています。

アンリはド短期な、マリオンは短期な、ピエールは長期的な付き合いを望んでいます。

こう書くとアルバイトを探しているみたいですよね。

そこで、「恋愛」をアルバイトに例えてみたいと思います。

アンリは、「一夜限りの恋愛」を望んでいます。バイトでいうと日雇いの単発のバイトです。

単発の仕事なので、仕事場で人間関係を深める必要はありません。また、自分の空いた時間にバイトを入れることができます。

マリオンが観光に出かけている空いた時間で、ルイゼットと関係を持つといった行動も、それぞれが単発の「恋愛」であると考えたら、アンリの行動にも納得がいきます。

次にマリオンですが、彼女は「ひと夏の恋」を望んでいます。アルバイトで例えるなら、リゾート地での夏限定の短期バイトというところでしょうか。

彼女は、リゾート地という非日常な場所で、いつもと違う自分を演じたいという想いがあり、それはピエールの望むような「欲望に身を任せた恋愛」ではなく、ドラマティックな「燃えるような恋」を望んでいます。

彼女も長期的な関係を望んでいるわけではなく、あくまでも「ひと夏限定」のドラマのような「恋愛」をしたいと考えているように思えます。

最後にピエールです。彼は、例えるなら長期バイトを探しています。しかも、アルバイト(恋愛)からそのまま正社員(結婚)になるような「恋愛」を望んでいます。

アンリ、マリオンとピエールとの大きな違いは、前者2人が離婚経験者だということです。2人は「恋愛」と「結婚」を分けて考えているのに対し、結婚未経験者であるピエールは「恋愛」の延長線上に「結婚」を見据えています。

嘘を付いてでも「恋愛」を続けようとしたアンリと、真実を知ろうとせず、自分の都合のいい解釈をし続けたマリオンの2人は、お互い「理想の恋愛」を楽しもうとしていただけであって、「結婚」などの将来的なことは何1つ考えてなかったと思います。

それに比べピエールは、長期的なことを考えているので、「信頼」や「愛」に重きを置き、「真実」を追い求めました。

そのため、長期的なことを考えず、短い期間での恋愛を楽しんでいるアンリやマリオンのことを理解できません。

この3人のような「恋愛」の解釈の違いは、リアルの世界でもありうることだと思います。

自分がどういう恋愛を求めているか、そして相手がどういった恋愛を望んでいるのか、そのすり合わせを怠ると、トラブルの元になることを見せてくれています。

その②

ポーリーヌ

ポーリーヌはこの物語の中で、自分の「理想の恋愛」を楽しむために、嘘をついたり、自分を演じている大人に対し、疑問を投げかけます。

それは、そういった大人たちの恋愛を見ながら、自分自身の恋愛観を構築している途中のように見えます。

アンリ、マリオン、ピエールはそれぞれ違った恋愛観を持っています。その①で述べたようにアンリとピエールは真逆の考え方(ド短期と長期)で、その中間の考え方がマリオン(短期)です。

この3人の関係でおもしろいところは、それぞれが3人のうち1人だけ共通点がない部分を持っているというところです。

その共通点・相違点を挙げると、アンリとピエールは男性でマリオン1人だけ女性という「性別の違い」という点、そして、マリオンとアンリは結婚経験者でピエールは結婚未経験者という、「結婚経験の有無」という点、あと、ピエールとマリオンは同世代で、アンリだけ年齢が離れているといった「世代の違い」という点です。

この1人だけ違っている点を、同じように持っているのが、ポーリーヌです。

1人だけ女性のマリオンに対しては同じ女性として、1人だけ結婚未経験者のピエールには同じ結婚未経験者として、2人と世代の違うアンリには同じく世代の違う者として、ポーリーヌが当てはまる存在になっています。

ですので、3人ともポーリーヌにはどこか親近感を感じ、思わず本音を語ってしまいます。

こういった登場人物の本音を聞き出し、偏った考えではなく「ニュートラル」な考えのポーリーヌがいることにより、この物語は成り立っています。

そう考えると、この作品におけるポーリーヌというキャラクターの重要性が感じられ、ポーリーヌがこの作品の題名になっているのも納得がいきます。

その③

言葉多き者は災いの元

日本のことわざで「口は災いの元」という言葉があります。

口は災いの元」は、不用意な発言は自分自身に災いを招く結果になるという意味です。

しかし、この作品の格言を見てみると「言葉多き者は災いの元」となっています。

こちらは言葉多き者、つまり「おしゃべり」な人がみんなに災いを招くという意味になります。

すなわち、これはピエールの発言によって2組のカップルが別れてしまったことを表わしています。

ピエールは結婚を見据えた恋愛を望んでいるので、パートナーに求めているのは、「信頼」です。そのため、「信頼」のおけないアンリのことを悪く言います。

しかし、マリオンはパートナーに「信頼」は求めていません。マリオンが求めているのは、お互いが運命的に惹かれあうドラマティックな「激しく燃え上がるような恋」です。そして、考えの近い「欲望に身を任せる恋愛」を理想とするアンリに惹かれます。

しかし、それは「似て非なるもの」であり、同じ意味合いではありません。

そこで、マリオンはアンリを自分の魅力を持って、お互いが運命的に惹かれあう「激しく燃え上がるような恋」に持ち込もうとします。

アンリも、そんなマリオンの思惑を察し、自分の望む「欲望に身を任せる恋愛」にマリオンを引き込もうと画策します。

初めて関係を持った次の日に2人は、今後どちらの別荘で会うようにするかを話し合います。

お互い、自分の別荘で会うことを主張し合う様は、「どちらが主導権を握るか」とせめぎ合っているようです。

マリオンが、「ポーリーヌがさみしい思いをしてしまうので、アンリの別荘に行くことができない」と言えば、アンリはポーリーヌとシルヴァンの2人を恋人同士にして、ポーリーヌをさみしくならないようにしようと画策したりと、その駆け引きはゲーム対戦やスポーツの試合見ているようです。

そんな「恋愛の駆け引き」をしている2人に、水を差すのがピエールです。

彼がマリオンから聞いた「ルイゼットはシルヴァンといた」という嘘をポーリーヌに話した結果、アンリの付いた嘘がばれ、シルヴァンはポーリーヌの「信頼」を失い、2組の恋愛は終わりを迎えます。

彼の行った行為は、部外者が相手の作戦をもう1人のプレイヤーに教えるような行為です。

それをされると、両プレイヤーともゲームの熱がたちまち冷めてしまいます。

ピエールの行動により、アンリとマリオンを別れさすことに成功しました。しかし、アンリ、マリオン、ポーリーヌはこの地を去り、結果、ピエールも含め、誰も幸せにはなりませんでした。

まさに「言葉多き者は災いの元」という格言がぴったり当てはまる結末だったと思います。

最後に

この作品では、子供たちが大人のエゴのために犠牲になっています。

マリオンは、自分に言い寄ってくるピエールを遠ざけるため、ピエールをポーリーヌに押し付けようとします。

また、アンリは自分の保身のため、ルイゼットとシルヴァンがベッドにいたと嘘を付きます。

ことわざで、「嘘も方便」という言葉があります。

嘘を付くことは悪いことであるが、時と場合によっては嘘が必要な時があるという意味です。

マリオンとアンリはこの「嘘も方便」で自分を正当化しようとします。

もし、ピエールが「真実」を誰にも話さなかったとしたら、2組のカップルはどうなったでしょうか。

もしかすると、思い出にのこる「ひと夏の恋」を経験したかもしれません。

「真実」を知ることが幸せなのか、それとも「バレない嘘」であれば「嘘」をついた方が幸せなのか、そういったことを考えさせられる作品でした。

 

ナツカレー
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ボクは本当のことを知りたい派だよ
うさカレー
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真実は残酷って場合もあるし、ある程度の嘘は必要なんじゃないかな
ナツカレー
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嘘をつくにしても墓場まで持っていくくらいの覚悟はして欲しいなあ